パテックフィリップへの憧れ

今から47年前、私がまだ大学生の頃ですが、青山にあった某クラブで弾き語りのアルバイトをしていた時の事です。

当時のクラブという呼び名すら珍しい頃で、青山や六本木・赤坂などにしかそのような店はありませんでした。

青山も今と違ってそれ程店はなく、夜12時を過ぎると、銀座や新橋辺りからの酔客が店の女性達を連れて遊びに来るのが青山や原宿でした。

当時流行っていた一つがグランドピアノを置き、そのピアノの外周に同じ形をしたカウンターをしつらえ、その周りに座る人は必ずその店の常連と決まっていたものでした。

私が歌っていた店もそうでした。

常連客には石原裕次郎や当時売れ始めたばかりの某有名女優や有名俳優などそうそうたるメンバーが来ていました。

そして女性陣は高級ブランドK、男性陣の腕には揃ってパテックフィリップ時計が輝いていました。

当時の凡人には時計といえばたいしたものを付けることもありませんでした。

世の中にそのような時計があること、そしてそれらの時計が当時のお金で1000万円もするという事を聞かされた時は、本当に驚きでした。

自分でそのような時計を持ちたいとは思いませんでしたし、未だにその気持ちは変わりません。

一つのステイタスシンボルとして、パテックフィリップ時計を始め他の貴金属やブランドというものが、今や世界中を駆け巡っている時代になったことは確かなようです。

もし私にそのようなお金があれば、そっくりアフリカの飢饉に飢えている子供達へ回すのですが。